新聞報道まとめと、習近平の「妥協人事」を考える

【十九大報道まとめ】
10月25日、中国共産党十九期常務委員のお披露目が行われ、今後5年の最高指導者層が決まりました。
この十九大人事に関する各メディアの先行報道で、結果として正解となったものが出た時期は、前回十八大と比べるとかなり遅かった感があります。自分が調べた限りですが、7名の名前を正確に出したのは10/14の台湾聯合報が最初。続いて10/18、十九大の初日にあたる日に香港明報と博訊から2015年に独立した在外華字メディアである「博聞社」が立て続けに出したことで、この予測が真実味を帯びた形です。
(3社の報道については、ujcの10/18記事を参照ください


10/14というのは、十八期党大会の最後の会議である7中全会が終了したタイミング。つまり200人からなる中央委員会に「次の十九大指導者リスト」が提示された日です。ですのでこれらの報道は「7中全会で決まったリストをどこが早く伝えたか」という形になったと言えます。


さてそうなると、日本の皆さんは疑問に思うことでしょう。「それまで日本各紙が報じていた『王岐山留任』とか『陳敏爾が後継者に内定』とかいう報道は何だったのか?」と。「こうなるらしいよ」に関しては日本のメディアが突出して早かったことも、今回のメディア報道のもう一つの特徴です。
8/6 日本経済新聞朝刊「「68歳定年」延長提案へ 盟友・王氏の続投狙う」


8/24 読売新聞朝刊一面「中国次期指導部リスト判明、王岐山氏の名前なし」(リンク切れ)

8/28 毎日新聞「習氏後継に側近・陳氏内定 最高指導部入り」


これをただの「ハズレ」「取材力が落ちたのう」と批判するつもりはありません。もちろん観測気球に乗せられた可能性もありますが、ある程度の情報源と確度に沿って記事にされたと考えています。
毎日新聞の「陳敏爾内定」は流石にないやろ、と思いましたが、フリージャーナリストの福島香織さんのツイッターによるご指摘で、この情報が複数筋に出回っていたことがわかりました。福島さん重要なご指摘ありがとうございます。
問題はこれらの報道の内容が「どのタイミング」で「どう変更があった」かであって、そこにどのような力が働いたのかを探る。それで今後の中国はどうなるか?という命題に向かうことが大切なのだと思います。


そこで、ここではメディアの報道が出たタイミングを元に、中国共産党の最高人事がどのように変わっていったのかを探ります。

習近平「大勝」の根拠と常務委員のバランス人事】
改めて、十九大が終わった後のメディアはおしなべて「習近平大勝利」という論調ですが、この理由は2点に集約されます。

  • 党規約に「習近平新時代中国特色社会主義思想」(習近平思想)を盛り込ませた
  • 常務委員人事で明確な後継候補を入れず、次回二十大以降も総書記職を務める布石を打った

特に党規約に自分の名前を冠した「思想」を入れたのは過去でも毛沢東のみ。訒小平すら「理論」でかつ生前ではありませんでした。これをもって”格”としては毛沢東に並んだ習近平が、次の2期目5年間はもちらん3期目以降の総書記留任、下手すりゃ終身の最高権力者となる大義名分を手に入れたということです。

ただ、日本のメディアは先日の常務委員のお披露目をもってして「習近平に極めて権力が集中した体制」「習近平一強」という表現をしています。実はこれちょっと気になってます。
自分も「習近平大勝利」には異論がないのですが、今回の常務委員メンバーを見る限り「習近平の意向が全て反映された人事」とは到底いえず、明らかなバランス人事です。特に冒頭提示した通り、メディアの先行情報は一部日本メディアを除いてあまり活発ではなく、7中全会で「これで決まった」というリストが出るまで確たる予想は出回りませんでした。
これは「大勝した習近平が決めた常務委員7名のリスト」について箝口令が徹底していてどこも抜けなかった、というわけではなく、「不透明な状態が続いて直前まで決着しなかった」と理解すべきです。習近平は党規約に名前をのせる点では大勝利したのに(あるいはその見返りに)常務委員人事は二転三転した。これが実情ではないでしょうか。では振り返ってみましょう。


《2017年4月〜8月上旬北戴河会議前 習近平の初期人事構想(推定)》
先日新華社が出した興味深い記事があります。今回の中央指導者の選出過程について述べたものです。この記事自体は「いかにみんなで話し合って順調に選出したか」の印象操作ですので全てこのプロセス通りとは到底思っていませんが、注目したいのは「常務委員、中央政治局委員という指導者リスト作りは、十九大の約半年前から習近平主導で行われていた」ということ。
「领航新时代的坚强领导集体——党的新一届中央领导机构产生纪实」(新華社
http://news.xinhuanet.com/politics/19cpcnc/2017-10/26/c_1121860147.htm

(引用訳)
習近平は4月から6月にかけて、党と国家の指導者たち、中央軍事委員、党内の引退した幹部ら57人と個別に対談の時間を設けた」


ではこの時期に習近平が作ったリストはどのようなものか?実は、この期間の人事に関する報道はろくにウォッチできていないんですが、この時期の注目すべき人事動向としてはやはり「郭文貴による王岐山疑惑の暴露」と「後継者候補と目されていた孫政才の失脚と陳敏爾の台頭」です。ここから考えられる「習近平の出したたたき台」は、このようなものと考えられます。

習近平(留任)
李克強(留任)
栗戦書
汪洋
王岐山(留任)
韓正
陳敏爾

(ポイント)
習近平が年齢制限を撤廃して王岐山を留任させようとしていたのはどうやら間違いない模様。
・その王岐山の留任と、自分の部下で(今のところ)最も若く信用できる陳敏爾を充てて自派をより強化する狙い
・ただし陳敏爾は後継指名というよりも、「若い60年代生まれから誰か」という程度のもの。胡春華を入れたくないための当て馬扱い

王岐山の動向が一番のポイントだった、というのは日経新聞が指摘するところで、後に各紙報道も同様の見立てをしています。ですので「最初は王岐山を留任させる意向だった」「年齢制限も今回外すことを提案しようとしていた」というのは大筋で認め得るものと思います。


《8月下旬〜10月上旬(新華社によると9/29) 北戴河後〜7中全会直前のリスト》
この習近平による次期指導者リストを元に、引退した幹部たちへの根回し&説得タイムが始まります。それが例年通り8月に避暑地で開かれる「北戴河会議」で、常務委員人事では非常に重要なイベントになります。実際、8月の北戴河会議が終わってからしばらく経つと、各メディアによる19大人事予測が本格化し、いくつか「こんなメンバーで固まったらしい」という報道が出ました。引退幹部といえど旅行帰りでテンションあがって「こんな話が出たんやで!」とウキウキ喋る人がいるんでしょうねえ。この時期に合致するのが、読売新聞と毎日新聞の報道です。

習近平(留任)
李克強(留任)
汪洋
韓正
栗戦書 中央規律検査委書記
陳敏爾 国家副主席・中央書記書書記・宣伝イデオロギー担当
胡春華 常務副総理

ポイント
王岐山の留任は反対意見も多く、本人も引退を望んでいたため退任の方向に。
胡春華を入れることを余儀なくされるも、あくまで陳敏爾とのセットかつ陳より下位であることが習近平のギリギリライン
王岐山の後任は栗戦書を充てる


この習近平による修正リストが18期党大会第7回中央全体会議(7中全会)で通ると、「十九大で通過させるリスト」の完成となります。しかしこの過程でも、陳敏爾の常務委員にエクスキューズがついた模様。やはりヒラの中央委員から常務委員へと二段とびすることを長老たちに納得させるには、それなりの理由(=後継者として認定)と実績が必要だということでしょう。毎日新聞が「後継者に内定」と踏み込みすぎたのは、このあたりの読み間違いにあったのではないかと。
(ちなみに中央委員から常務委員への二段とびは、胡錦濤(14大でヒラ中央委員から昇格)曽慶紅(16大で政治局候補委員から昇格)習近平(17大でヒラ中央委員から昇格)李克強(17大でヒラ中央委員から昇格)のみ。他には中央候補委員から常務委員へと異例の三段とびをした朱鎔基がいます
水彩画さんツイッターでのご指摘により訂正しました(10/30))

陳敏爾の昇格が見送られたことで、習近平胡春華のみを常務委員に昇格させる理由はなくなりました。また明報によると、この時期に胡春華が謎の「体調不良による辞退」をしたそうで。毎日新聞金子客員編集委員も8月に「胡春華が上申書を習近平に提出し『自分は後継者になるつもりはない』と訴えた」というし。胡春華さん全面戦争を避ける為とはいえ、ちょっとヘタレすぎだと思います。
[https://news.mingpao.com/pns/dailynews/web_tc/article/20171026/s00013/1508955081452:title=明報「消息﹕胡春華陳敏爾或入京 習舊部多入局 粵滬渝書記料換人」
]
毎日新聞(8/5)「孫政才氏逮捕 “皇帝型独裁”へ習主席の「後継者つぶし」」


こうしてリストから陳敏爾と胡春華の名前がけずられて5人まで確定となりました。習近平が「めんどうだからこれでいいや」と5人で決めてしまっていれば「ujc大正解!(10/10予測記事)」となっていたのですが、まあそうはいきませんわな。



《最終的な常務委員リスト(9/29-10/14に確定、ただし序列と職掌はその後も変更の可能性あり)》
習近平(留任)
李克強(留任)
栗戦書 全人代委員長
汪洋  政協会議主席
王滬寧 中央書記処書記・イデオロギー担当
趙楽際 中央規律検査委書記
韓正  常務副総理


また「栗戦書を規律委員書記にする」も、お披露目後の朝日新聞によると直前にひっくり返った模様。ここは規検委のリストが出るまでどのメディアも「栗戦書が規検委書記」でまとまっていたので、この変更はかなり気になりますね。
10/25 朝日新聞「党規約に名刻んだ習氏 水面下で最側近後任人事は譲歩か」



最終的には組織部長として習近平部下の重用に一役買った趙楽際を昇格させて中央規律委書記に充てることに。そして中央政治局委員の中で江沢民胡錦濤習近平の3人に仕えて派閥色がなく、何より部下すらおらず権力闘争とは完全に安パイである王滬寧を昇格させることで決着。王滬寧さんさぞかし驚いたことでしょうねえ(笑)
これで常務委員リストが完成し、10/14の7中全会で通過。十九大に送られることとなり前述各紙にリークされるに至った…。これが今回の常務委員決定までの大筋と見立てます。


改めて強調したいことは、習近平が党規約では毛沢東に並ぶという「大勝利」の裏で、常務委員人事では
・「王岐山留任」→退任で妥協
・「陳敏爾を常務委員に昇格」→反対が多かったので妥協
・「栗戦書を規検委書記に」→理由もタイミングも不明も、趙楽際で妥協
と、すくなくとも3つは妥協を強いられたということです。
逆に妥協をしてでも通したものは何か。それはやはり「習思想を加えた党規約」と「後継指名なし」ということでしょう。「習近平は総書記3期目以降を視野に入れている」というのが、半ば当然のこととして識者が語るのも、こういう点を踏まえてのことです。それが「党主席制の復活」なのか、「任期制限のない総書記と任期制限が決められている国家主席の分離」なのか、はたまた権力闘争の末に「院政」という形で終わるのか、驚きの「王朝樹立宣言」なのかは定かでありませんが。


この常務委員人事決定のプロセス、「68歳定年」など集団指導体制がかろうじて残った証左と評価してもいいのですが、習近平が5年後の捲土重来を期して、それこそぐうの音も出ないレベルで人事に手をつけることは容易に予測されます。実際に中央政治局人事、および十九大明けの地方人事ではすでに習近平色が明らかになりつつあります。
(10/28に胡春華広東省党委書記から外れ、習近平の元部下である遼寧省党委書記の李希が担当する旨が発表されました。また常務委員に昇格する韓正の後任となる上海市党委書記には、同じく元部下の江蘇省党委書記・李強の就任が濃厚とされています)

ここしばらくから来年3月の両会まで、人事情報には引き続き注視が必要です。長くなりましたが、各新聞記者さん、ジャーナリストさんたちの今後の報道を期待してますということで。

それではまた5年後にお会いしましょう(?)